人々を驚かせ、いまだ高い支持をうけるLP型のクンタッシ クンタッシはピエモンテ州の方言で「驚き」を表します (美しい女性を誉る時にも使います) その独創的なデザインにより 1970年代後半から1980年代の日本における スーパーカーブームの火付け役となり スーパーカーを代表する車種で、現在でも高い人気を誇っている 私も好きな車ですが 実際に乗るのは相当大変みたいで エンジンの前方にギアボックスが配置されているため シートが斜めになっており 非常に不自然なドライビングポジションを強要されたり さらに、後方視界の悪さから ドアのサイドシルに腰をかけ上半身を外に乗り出し 後方を確認しながらバックさせる 「カウンタック・リバース」と言う技まで編み出された 会社設立当初の、フェルッチオ・ランボルギーニのモットーであった 「私は欠点のないグラン・トゥリズモを造りたい 技術的な化け物ではなく、正常で、非常に常識的で しかも完璧なクルマを、、、」 という言葉はもろくも崩れ モットーとは対極の車となっている 中古事情もスーパーな価格で 販売開始から四半世紀たっているにもかかわらず 1千万〜2千万という価格がついている |
「フェラーリ 365GTB/4」妥当のため そして、何よりも「大量生産可能なスーパーカー」を目指して開発が始まります 1971年のジュネーブ・ショーでプロトタイプのLP500を発表 しかし、実際に走行させてみると、セミモノコックボディの剛性が不足 当初予定していた5Lエンジンも開発が進まず エンジンルームの冷却にも問題があり、オーバーヒートが多発した 剛性を確保するためにセミモノコックをやめ バードゲージと呼ばれる角断面鋼管を複雑に組んだ マルチ・チューブラー・タイプのシャシーを採用 このフレームはミウラ同様、マルケージ社製 このシャシー構造により 外板にはほとんど応力がかからなくなったため LP500はスチールを採用していたが、LP400はより軽量なアルミに変更された そして、エンジンは5リットルをあきらめ ミウラ以来の4リットルV型12気筒DOHCエンジンをミッドに縦置き搭載 さらに、オーバーヒート対策として リヤを中心にエアスクープを設けるなど 冷却効果を高めた生産型LP400のプロトタイプが 1973年のジュネーブショーで展示された その後、1974年のジュネーブ・ショーでLP400の 最終プロトタイプが公開され販売が開始された LP400は1978年までに150台が生産された これは、1999台が生産された カウンタック・シリーズの中で最も少ない |